昨朝はマガジンの配信予約をしただけで、家族で鎌倉へ向かいました。
5年前の6月に、独りでヨットに乗って日本を出航した兄が、ビザ取得のた
めに前夜一時帰国したのです。真っ先に両親の墓参りに行くというので、私
も合流することにしたのです。
竹の庭園で有名な報国寺は、朝から観光客で賑わっていましたが、檀家で
なければ入れない墓地には人の姿はなく、朝の冷気につつまれ静まりかえっ
ていました。参道を左に曲がると、道は斜面の上の方へ真直ぐに伸びていま
す。
西久保家の墓はかなり上の方にあります。見上げると墓前で黙祷する兄の
姿が見えました。坂を登る私の足取りは自然に速くなり、妻や娘を引き離し
ていました。兄は出航前と変わらず、潮焼けした顔は精悍さを増し、かえっ
て若々しくなったように感じました。
ヨットの単独航海は死と隣り合わせです。いつ命を落としても不思議では
ありません。現に、この航海中に兄は何度も死を覚悟したそうです。そうな
ると、かえって冷静になり正しい判断をすることができたそうです。
自分がやれることはすべてやり、それで死ぬのならそれも良いだろうと、
数十時間不眠不休で嵐と戦った体をベットに休め、眠りについたそうです。
人事を尽くして天命を待つという心境なのでしょう。
眼が醒めて、自分が生きていることに気付く頃には嵐も治まり、航海を続
けられる喜びを感じたそうです。何故そのような危険を冒してまで航海を続
けたいのだろうかと思われるでしょうね。ヨットをやっていた私には、兄の
気持ちが少しは解る気がします。
鎌倉、江ノ島、逗子と湘南海岸を1時間ほどドライブした後、昼食をとり
ました。再会を祝って祝杯をあげました。私は日本酒ですが、酒を飲めない
兄はコーヒーです。兄は久しぶりの和食に、美味しい美味しいと舌鼓をうっ
ていました。
オーストラリアのビザが下りたら、直ぐに戻るそうです。置いてきたヨッ
トが気懸かりで居ても立ってもいられな様子です。その間はヨット関係者と
のスケジュールがいっぱいで、私と会う時間はもうとれないそうです。
兄はオーストラリアからインド洋へ向かい、そこから地中海を目指すそう
ですが、6〜7年はかかるそうです。今までのカナダ、アメリカ、南太平洋、
ニュージランド、オーストラリアと周ってきたコースとは違い、連絡をとる
のが難しくなるようです。
3時間後には、航海をサポートしてくれた無線関係者や、世界最年少単独
無寄港世界一周記録を樹立した白石鉱次郎氏たちが待つ会合へ向かう兄と、
再会を約す堅い握手をして別れました。果たして、6〜7年後に元気な兄の
姿を見ることができるのだろうか・・・そんな思いを振り払い、去って行く
兄の後姿を見送りました。
今日のマガジンはパソコンとは関係のないものになってしまいましたが、
読者のみなさんのご了解をお願いいたします。兄との話の中で、航海中の写
真やエッセイをCD-ROMで出版してはどうかという話も出ました。実現するか
どうかはまだ先の話ですが、兄は、作るなら単なる絵葉書的なものではない、
ヨットの航海を実感できるようなものにしたいと言っていました。
著作権者は私の尊敬するヘミングさんです。